透析体験者のストーリー

KMさんの場合
「いのちの生まれ変わり」

法人本部の職員として活躍中のKMさんの闘病の歴史です。

私は、人工透析を始めて16年目に入ります。これから私の透析導入の経緯と今まで通ってきた事について、少しお話をさせて頂きます。
昭和60年10月、仕事の疲れから体調を崩し、目まい立ちくらみなどが起こり、すぐにかかりつけの医院に行き、調べて頂いたところ、「近い将来、人工透析をしなくてはいけなくなりますよ」と宣告され、「まさか私が・・・」と、目の前が真っ暗になりました。腎臓病については私自身その時は勉強不足であった為、何も考えておりませんでした。その医院には、入院施設がない為、中国中央病院を紹介され、3ヶ月間入院生活をしました。退院後、病院から仕事はしないで安静にし、食事療法をする事を進められ、また、自分自身は、腎臓病に良いと、言われる事は何でもやってみました。しかし、一方では医師から病気の方が少しずつ、進行しているようです、一度透折施設のある病院で診てもらうようにと言われ、山陽クリニック(現在山陽病院)を紹介されました。検査の結果、透析導入は少し早いのではないかと、言うことでした。専門病院が、「まだ早い」と言われた時は、胸をなでおろしました。

仕事も休職届を出し、引き続き自宅療養していた頃、近所の人から『関西に良い病院があるので一度受診してみてはどうか?』と言われ、藁(わら)をもつかむ思いで、夫婦で総合病院に足を運びましたが、やはり先生の口から『近じか、透析導入しないといけない日が来ます、早く帰って、地元の病院で透析をして下さい』と言われました。

その夜、宿泊先で私たちこれからどうやって生きていけばいいのか、子供もまだ5歳と6歳、谷底へ突き落とされた思いがし、夫婦で将来を悲観し泣き明かしました。

当時透析をしたら10年間しか生きられないと聞いておりましたので、私は4人の先生から宣告されながらも、それでも透析導入はしたくはありませんでした。

それからも自宅療法をしておりましたが、以前とは違ったように、体がしんどくなり、横になることも出来ず『これではいけない』と思い、もう一度夫婦で関西の病院へ行きました。その夜は全く歩けず、呼吸困難にもなり、酸素吸入だけでも、とのことで、救急車で病院へ運ばれました。

運ばれた時には、尿毒症及び肺水腫を起こしており、緊急手術、腹膜透析をするため、腹膜にチューブの挿入、また血液透析のため、両足つけねの動脈に、外シャントの手術を行いました。

後日妻に聞いた話ですが、運ばれた時には、先生から『あと 1 時間の命です、家族を呼んで下さい』と言われたそうです。

しかし、1時間が2時間、2時間が3時間、そして朝まで何とかもちこたえました。両親、子供、親族が病院に駆けつけ、私の状態を見るなり、両親が妻に『もうあの人のことはあきらめなさい』と言い、子供が『お父さんどうしたの?』と言ったと聞いています。そして、一晩見守った後、電話を待つと言い、次の日には帰って行ったようです。

その後、妻だけ付き添い、私の状態は、ICUから、ベットで透析室へ移動、透析終了後ICUへ、また腹膜透析は24時間、血液透析は毎日、透析中は洗面器一杯の吐血という状態であり、口、鼻には治療の為のチューブが入れてありました。又、その時に様々な臨死体験をし、有体分離を体験しました。妻には『子供のことを頼む』と、うわ言のように、言っていたようです。

親族は葬式の準備を思っていたようですが、日一日と思いもかけなく順調に良くなり、1ヶ月ICUに入っていましたが、全国から患者様が来られるので、緊急用ベットをいつまでも使用できず、地元の病院へ転院しなければならなくなり、朝、病院を退院し、夕方、山陽クリニック(現在の山陽病院)へ転院し、約 2 ヶ月間入院、昭和62年2月末に退院することができました。

退院後、外来透析を受け始め3年間は体が透析に慣れず大変でした。また、透析機械も現在と違い、半自動で静脈圧を自分で調整していたため、一旦血圧が下がり始めると急激に降下し、何回となく意識がなくなり、その都度エホ(エホチール入り生理食塩水)を1 〜2本(500 CC 〜1000 CC )入れておりました。その当時は、透析中に何人もの患者様がそういう状態になられておりました。

私も17年目になると色々な合併症が体のあちこちに出てきて、特に透析アミロイドが付着し、骨、関節、両肩、腰、股関節の節々の痛みが出てきています。また手については、両手とも手根管症候群の手術もやりました。

最近、足のイライラで、じっとしていられない状態が続き、特に夜、休む時は体のいらつき、足はなんともいいようのない、イライラ感がありす。朝も肩の痛みで目が覚めます。

現在、透析中で一番困っていることは、開始後2時間すると必ず血管痛と肩の痛みが出るので、2時間前後には痛み止め(ロルカムと胃薬)を服用するのですが、それでも最後には、肩の付け根から痛みがはしります。この状態を改善するため、透析中にオンラインとリクセルを併用して、透析をしていただいております。

私も16年間透析を、させていただいたのも、ひとえに、院長先生を始め、スタッフのおかげで、今日まで曲りなりにも、生きてくることができ、その上、職員として働けることに、感謝しております。今では、透析が生活の一部となっており、病気と上手に付き合えるようになりました。また、私事ですが、関西でお世話になった病院へ、当時6歳だった長女が、看護師として、勤めさせていただいております。これも、何かの因縁を感じます。

スタッフの立場から、より良い療養環境を患者様に提供できる様努めていきたいと思っております。また、スタッフに対しては、患者様を大切に、奉仕のこころを持って治療にあたってください。

(腎友会 会報誌より)

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